クワバラ・ゼミの卒業論文・卒業制作タイトル一覧


これまでの卒業論文・卒業制作のタイトルです。下に行くほど昔のものになります。


2018年度卒業生

大人が読ませたい児童文学と子どもが読みたい児童文学
〜子どもの読書離れへの対応〜
ネット上における人間関係―現実世界の環境とSNS離れ―

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2017年度卒業生

漫画作品のイクメン像について
男性向けスポーツアニメにおける女性像と女性向けスポーツアニメにおける男性像
女子教育と「少女」の実態
《輪るピングドラム》論
―《輪るピングドラム》におけるフィクションとの乖離とそのリアリズム≠ノついて―
データベース消費に続く新たな作品消費とは
星座にならなかったギリシア神話たち

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2016年度卒業生

デジタルと教育
コミックの未来
知識と実践・キャッチコピー制作
創作 君と見た星は好き
副論文 「ターンエンド」という言葉の確立
TRPGによるクトゥルフ神話の推移及び分析

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2015年度卒業生

日本映画における「怪獣」のもつ神性
ジブリ『もののけ姫』から学ぶ、「生きる」とは。
―登場人物の本質性、シシ神の森の神々と動物たちの視点から考える、「人間が生きる」とは―
小説創作指南本から見る小説
ホラー映画における「お約束」とは
作者トーベ・ヤンソンの恋愛によるムーミン小説への影響とは

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2014年度卒業生

表現物の人間への影響―私達はどう捉えるべきなのか―
近現代の大阪が舞台の小説の読み比べ
クマはキャラクターとして、なぜこんなにもポピュラーになったのか
―〈テディベアモチーフのキャラクター〉という新しいジャンル―
理想の女性像の変化について
乙一『GOTH』論―叙述トリックの効果―
創作 沙代と歩む
 副論文 理解されそうで理解されていない自閉症―永久の課題
創作 バイバイ、また明日。
 副論文 漫画のリアルについて〜情報の提示とご都合主義〜
SNSコミュニケーションにおける若者への影響と心理
二次元アイドル論
ドラマ『カーネーション』からみる岸和田

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2013年度卒業生

神職になること―日本にとって神道とは
短歌の〈私〉について
紅白歌合戦からみるメディアと国民性
ロールプレイングゲームにおける物語と経験
楽曲としての「J-POP」らしさとは
〜ポピュラーミュージックとしての邦楽の時代による変遷とそこから見えるJ-POPらしさ〜

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2012年度卒業生

男の娘という存在―ホモソーシャルなオタク文化―
日本語や社会の変化となぞなぞの発展
電子書籍をどう使うか?
電子音楽の声―シュトックハウゼン、クラフトワーク、YMOが用いる声―
メディアリテラシーについて―情報社会を生き抜く力―

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2011年度卒業生

新聞の現状と今後についての考察〜新聞は生き残るのか〜
創作 夜なったら咲くやんか
 副論文 マッハ村上龍の共同体
マンガメディアにおける障害者像
ダイエット〜人間のあるべき姿とは〜
コミュニケーションツールの変遷と江國香織作品
情報で傷つかないために
創作 人魚姫〜王子さまと不思議な少女のお話〜
 副論文 物語の語り手についての考察

2010年度卒業生

〈男装少女マンガ〉における系譜〜時代で異なるジェンダー論〜
天下の双福比較論〜現代に於ける再評価〜
現代女性の〈存在〉論―「大和撫子」「良妻賢母」は存在するのか―
「ブランコにのって空へ飛びだそうとしたら、くさりにつかまり、一回転した という話」
―星新一『ブランコのむこうで』作品論

2009年度卒業生

時代背景の推移と男性が女性を見る目の変化―「離婚」という媒体―
メークドラマの構造―日本野球小説論
一〇年代を強く生き抜くために―「ループ」を通して見えてくるもの―
既存メディア インターネット
近代日本における大学生の幻想性
ビール飲みが作る国民国家、台湾
ミニチュア存在論

2008年度卒業生

ヤングアダルト小説論―人気沸騰の鍵を探る
ネオン街のヒロインについて
『The catcher in the rye』論 「キャッチャー」から『Catcher』へ
自動車雑誌と自動車文化
内田百閨@『冥途』の恐怖性
創作 アムリタの門
副論文 写真の持つ意味と存在について
恋愛至上主義とシンデレラコンプレックス
 少女漫画とディズニープリンセスからみる現代の恋愛
新しきロック雑誌の道と光
 〜現状に対応したロック雑誌のあり方について〜
ボーイズ・ラブ論

2007年度卒業生

イメージを読む〜花ことば〜
『大きな物語』なき世界を生きるオタクの変遷と未来像
 〜現実と虚構の等価化〜
創作 幽霊とアインシュタイン
副論文 保坂和志『季節の記憶』における「リアリティ」について
創作 青く熱き者たち
副論文 「民主主義」の鏡としての「恋愛」―石坂洋次郎「青い山脈」論―
まんが、アニメ、コンピューターゲーム 作品批評
 〜おやつと一緒に〜
絵本表現論―子ども VS 大人
『行人』論―死の淵で生きる者たち 論文著者のサイト
創作 超・読書感想文
副論文 滑稽小説―笑いの種類
『CanCam』はなぜそんなに売れたのか?
恋愛小説としての「暗夜行路」の世界
純粋芸術と大衆芸術の進化構造における比較
 〜西洋クラシック音楽とロック・ミュージックをサンプルに〜

2006年度卒業生

『Worlds in a small photo』―異質なものそして写真装置―
オタキングサーガ発電所
私小説の明と暗
阿部戦争脱出行〜『グランド・フィナーレ』から〜
補完・ロードオブザリング
人気ブログの裏側

2005年の演習


2005年度卒業生

歴史における、飛行機と小説の関係性―日本と飛行機の百年
忌み言葉・俗信に見る現代のリアリティー
ファンタジー文学における異世界という舞台
死の表現―川端・三島・太宰の比較

(以下はコース制カリキュラム以前の卒業論文)

2004年の演習


2004年度卒業生

日本の疑似恋愛の文化をいかに特有のものと見るか
 ―廓・恋愛シミュレーションゲームから―
貴志祐介のミステリーへの挑戦
恋愛文学論 
音楽解説書について
江國香織論
 「ホリーガーデン」+「流しのしたの骨」=「思いわずらうことなく愉しく生きよ」
小説―「恋愛」の概念と所有
吉本ばなな進化論
器楽における言語
電飾音風景
伝達媒介による恐怖への影響

2003年の演習


2003年度卒業生

架空のモチーフを描いた絵画とその意味について
フィルムの記号〜時に映像に対する言及〜
梶井基次郎『桜の木の下には』における桜と死の関連性について
プロレス論
 「プロレス」は「ショー」か?「真剣勝負(ガチンコ)」か?

2002年の演習


2002年度卒業生

江國香織と恋愛小説
宮崎駿の映画の世界
プログラム言語は言語であるか
男と女の違いについて 
柳美里『ゴールドラッシュ』における少年心理
 ―非行少年の攻撃性の裏側にあるもの―
ディズニーランドが人々に与えたもの

2001年の演習


2001年度卒業生

笑い方
ジャンルの役割について
近代日本散文とゴシック
現代とモダニズム―基礎としての一九二〇年代―
言葉の限界と可能性 
小説にみる『文学論』
坂本龍馬と死角―現存龍馬への疑問
ベスト・セラー論考
コンピューターゲームの物語

2000年の演習


2000年度卒業生

「読み物」文学と村上春樹―外国・日本文学と村上春樹作品
シナリオという"読みもの"―シナリオの作品性―
芥川龍之介論―テクストと遺書―
『三国志』の世界〜『反三国志』をめぐって〜
つかこうへい論
芸術の革命家ジョン・レノン
 ―I AM THE WALRUSを軸に探る
ポップ・スターとしての三島由紀夫
 ―六十年代の映画、写真、演劇―
有吉佐和子作品論―純粋作品論
野球論の死角―ベースボールと日本野球の境界線
人間と自然の共生はもう行なわれている

1999年の演習
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